お目出たき人 (新潮文庫)
あまりに素敵なガールフレンドとの出会い、夢のような日々、そして納得のいかない別れ。いつの間にか彼女の偶像を崇拝し始めているストーカー対策法すれすれの人は本書を読むべし。如何に自分が情けないことをしているかを思い知る痛い本。よって読者は限定されると思います。幸せな恋愛をしている人はただ苛々するだけでしょう。
小さき者へ・生れ出づる悩み (新潮文庫)
名文を読みたい人には真っ先に『小さき者へ・生まれ出づる悩み』をお勧めする。次世代を担う小さき者への父性愛を越えた人間・有島武郎の力が、ここまで時代を超えて読まれる名文を書かせたのか。
『小さき者へ』のラスト「行け。勇んで。小さき者よ」と読むと、読者は自分まで激励されている錯覚が起きる。
『生まれ出づる悩み』では、画家を志望しながらも貧しい生活ゆえに漁使となった「君」の苦悩を描写している。「君」の苦悩する魂に有島も自分の魂を重ね、苦悩し、力強い筆跡で「君よ。しかし僕は君のために何をなすことができようぞ」と綴られてある。
「君」のモデルとなった画家・木田金次郎は、有島の死の翌年に漁業を辞め、画家になった。有島の存在が「彼」を動かした。死に向う芸術家と、これから多くの作品を残す芸術家の生が必然的に交わり、『生まれ出づる悩み』と画家・木田金次郎を世に輩出した。
友情 (新潮文庫)
まず、この作品の欠点から書かせてもらう。それは、大宮が男としての理想を全て具現化したような人物なので、実際にはあり得ないということだ。こんな男がいたら、杉子だけではなく大勢の女たちに惚れられるだろう。野島でなくとも、大宮に勝てる男はいるはずないのである。
それにしても、野島の片想いの強さはこちらの胸まで苦しくなるほどである。恋というのは病であり、幻想であり、相手を崇拝してしまうものだ。それをストレートに描写したのがこの作品である。恋をしたことがある者なら、野島に共感してしまうに違いない。よって、彼の絶望にも同情することになるだろう。
最後の方の杉子の手紙は、読むのが辛い部分である。
《どうしても野島さまのわきには、一時間以上はいたくないのです。》
これはきつい。じゃあ、鎌倉で仲良さそうに話したのは何だったのか。大宮に近づくために野島を利用したのか、と問いたくなる。しかし恋というものは生理的なものなので、どうしようもないのだろう。
また、杉子の大宮への熱烈な恋も、やはり幻想であり崇拝なのである。作者はこの二人の結婚後を描くことはなかったが、それは熱烈な夢から覚めた後の、わりと退屈な日常になるはずである。